青木建設
基本データ : 青木建設(東証1部 1886) / 上場廃止日 2002年3月7日
負債総額 : 5220億円
東証1部上場の準大手ゼネコン。2001年12月6日に民事再生法の適用を申請。
1947年に、旧海軍出身者を中心にブルドーザー工事株式会社の商号で設立された、土木工事を主力とする建設会社。関西を地盤に、高度成長と共に 宅地造成や海洋土木工事で成長しました。
1962年に東証2部、1964年に東証・大証1部に上場を果たし、1969年に商号を株式会社青木建設に変更しました。その間、1968年にはガルフオイル社 から沖縄原油基地工事を受注し海外工事にも進出。1988年には、世界的ホテルチェーンのウェスティンホテルを買収するなど、大型ホテル事業等を積 極的に展開したことでも話題になりました。
しかし、これらの大型投資は膨大な有利子負債として本業を圧迫し、特にバブル崩壊後は、ホテル事業の大半が赤字経営に陥いるなど、経営難が 表面化します。1996年には大幅な赤字を理由に当時の社長が引責辞任し、旧建設省出身者が社長に就任。またメインバンクからも役員を招聘 し、本業への回帰などを掲げた「5ヶ年新経営計画」を策定しました。
しかし、その後も不況の長期化と共に業績が伸び悩む中、巨額の有利子負債の抜本的解決を迫られ、1999年にはメインバンクを始めとする金融機関 各社から総額2000億円に上る債務免除を受けます。またそれと共に、策定した再建計画を大幅に見直し、人員の大幅な削減や海外ホテル事業から の撤退を含む、抜本的な再建計画を策定しました。
しかし、連結ベースで債務超過に陥り、株価も額面(50円)を大きく割り込むなど、取引先などの間で信用不安が拡大。また、金融庁による銀行に 対する特別検査の実施などもあって銀行支援も限界となり、自主再建を断念。民事再生法適用の申請に至りました。
破綻後、2002年9月に民事再生手続が終結。減資の後、松建設と小松建設工業が株式を引き受けます。その後、2004年4月にあすなろ建設と合併し、 青木あすなろ建設株式会社(存続会社はあすなろ建設)としてスタート。現在も存続しています。
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